相続能力及び胎児がいる場合の申告

相続能力


民法や判決文で言うところの「相続人」とは、現実に被相続人の財産債務を包括的に承継する権利を有する法定相続人のことをいう。

相続人となるためには相続能力を必要とする。
相続能力とは権利義務者の主体となることが出来る能力(権利能力)とほぼ同様の意味であるが、具体的に相続し得る能力は、相続順位の範囲で第一順位に属し、相続欠格者又は被相続人に廃除されていない者であることが必要である。

民法は相続人を被相続人の一定範囲の親族に限定しているので法人には相続能力はないが、包括受遺者となることは可能である(民法990)。

相続は被相続人の死亡により開始し、被相続人に帰属した一切の権利義務が直ちに相続人に移転する(民法896)。したがって、相続開始時に相続人は権利能力者として存在していなければならない。これを同時存在の原則という。この原則から生じる問題が二つある。

一つは、同時死亡である。一方が死亡すれば他方が相続し得る関係にある二人が同時に死亡した場合(民法32②)には、一方の相続開始時に他方は死亡して権利能力を失っているので、同時存在の原則によりこの両者の間では相続の問題を生じない。

今一つは胎児の相続能力である。人(自然人)は、出生により等しく権利能力を取得する(民法1の3)。胎児は生まれていないので権利能力はないが、民法は、相続開始時に在する胎児は「すでに生まれたものとみなす。」としている(民法886①)。死産の場合ははじめからないものとされる(民法886②)。

受遺者は、遺言の効力が発生する遺贈者の死亡の時に存在していなければならないのが原則である(同時存在の原則)。存在しなければ、遺贈は無効になる(民法994①)。
受遺者・遺贈者同時死亡のときは、遺贈は無効になる。
遺贈者死亡の時に胎児である者には受遺能力がある(民法965、886)。遺言書作成の時に胎児であるものには受遺能力がある(民法965、886)。遺言書作成の時に胎児である必要はなく、遺言の効力発生の時に胎児であれば遺贈は有効である。
登記先例は、登記簿の所有権欄に胎児のままで相続登記をすることを認め、胎児が死体で生まれたときは相続人から抹消登記手続の請求をなし得るとし(明31・10・10民刑1406号民刑局長回答)、未成年者の法定代理人の規定が胎児にも類推適用されるものとするが、胎児の出生前には遺産分割その他の処分行為は出来ないとしている(昭29・6・15民甲1188号民事局長回答)(1)。判例は胎児自身には相続能力はなく、生まれてきたときに相続開始時に遡及して相続能力を認めようとする停止条件説を採用している(大判昭7・10・6民集11巻2023)。

(1)『判例タイムズ1100 家事関係裁判例と実務245題』「相続人の範囲と順位」p.314。

胎児がいる場合の申告


国税庁は、相続人となるべき胎児が申告期限までに生まれていない場合は、胎児を考慮しないで法定相続人の数を計算し、遺産に係る基礎控除を計算することとしている(相基通15-3)。

申告期限後に胎児が生まれた場合、新生児の法定申告期限は、新生児の法定代理人(親権者)が相続の開始を知った日から十ヶ月目となる(相基通27-4(6))。他の相続人は、胎児が出生したことを知った日の翌日から四ヶ月以内に限り、胎児の出生により相続人が増加した事による相続税の減少(注)に係る更正の請求を行うことが出来る(相法32①二)。

(注)基礎控除の増加、相続人各人の法定相続分の減少による相続税の総額の減少。

胎児が出生する前に、他の相続人だけで分割協議を行っていても、胎児が生きて生まれてきた場合には、その遺産分割協議は相続人全員の合意を欠く遺産分割であるから、無効な分割協議となり、出生した胎児の法定代理人が追認しない限り、遺産は未分割の状態になる。

無効となった遺産分割協議に基づき期限内に申告を行っていた相続人は、その後に行われる新生児の法定代理人と他の相続人全員による遺産分割協議に基づき、納税額が減少する場合は、分割協議成立後四ヶ月以内に限り更正の請求をすることができ、新たな遺産分割協議により納税額が増加する相続人は修正申告をすることができると解される(相法31①準用)。

一部の相続人を除外した無効な遺産分割協議に基づく申告が行われた場合、税務署長は更正・決定を行える期間であれば、税額が減少する者に対して職権で減額更正処分を行い、税額が増加する者に対しては、期限後申告又は修正申告の指導を行い、申告書の提出がない者に対しては更正又は決定処分を行うことができる。

実務上は胎児が出生する前にあえて遺産分割を行う必要のある場合は少なく、出生まで分割を待つか、一部分割にとどめるのが現実的である。なお、胎児が生まれた場合に相続又は遺贈により財産を取得した全ての者が相続税の申告書を提出する義務がなくなる場合には、税務署長は、胎児以外の相続人の申請に基づき胎児が生まれた日後二月の範囲で相続税の申告期限を延長することができる(通法11、相基通27-6)。

■相続税基本通達27-6

相続開始の時に相続人となるべき胎児があり、かつ、相続税の申告書の提出期限までに生まれない場合においては、当該胎児がないものとして相続税の申告書を提出することになるのであるが、当該胎児が生まれたものとして課税価格及び相続税額を計算した場合において、相続又は遺贈により財産を取得した全ての者が相続税の申告書を提出する義務がなくなるときは、これらの事実は、通則法基本通達(徴収部関係)の「第11条関係」の「1(災害その他やむを得ない理由)の(3)」に該当するものとして、当該胎児以外の相続人その他の者に係る相続税の申告書の提出期限は、これらの者の申請に基づき、当該胎児の生まれた日後二月の範囲内で延長することができるものとして取り扱うものとする。(昭57直資2-177改正)

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