受遺者の住所地や取得した財産の所在地による相続税の納税義務

(1)相続税の納税義務者となる受遺者

課税は国家主権の表れであり、納税義務書は原則として日本国内に住所を有している者及び日本国内の財産を取得する者である。遺贈(死因贈与を含む。)においても、財産を取得した者が日本国内に住所を有していれば、遺贈を受けた財産が海外にあっても受遺者は相続税の納税義務者となる。これを居住無制限納税義務者という(相法1の3一、2①)。

また、遺贈を受けた財産が日本国内にある場合は、たとえ、受遺者が海外に居住していても相続税の納税義務者となる。このような者を制限納税義務者という(相法1の3二、2②)。

図表Ⅱ-22 原則的な考え方

原則的な考え方

この原則を貫くと、次のようなケースでは相続税を課することができないこととなる。

  • 受遺者は海外に居住している。
  • 遺贈する財産は海外にある。

富裕層の子弟が海外に移住することが珍しくなくなり、親が所有する多額の資産を海外に移した後に、海外に住所を有する子弟に海外財産を贈与すると、海外に住んでいる子弟には我が国の贈与税の増税義務が生じない。これを放置すると課税の公平性を著しく欠くこととなる。

そこで、平成12年度の税制改正で無制限納税義務者の概念を拡張し、受遺者が日本国籍を有し、かつ、遺贈者又は受遺者のいずれかが遺贈を受けた日(相続開始日)前5年以内のいずれかの時において国内に住所を有していれば、遺贈により取得した財産の所在地を問わず取得財産の全てについて納税義務を生ずることとした。日本国内に住んではいないが取得した全ての財産につき無制限に納税義務を負うという意味で、非居住無制限納税義務者という(相法1の3二、2①)。そしてさらに平成25年度の税制改正では非居住無制限納税義務者に、日本国内に住所を有していない個人で日本国籍を有しない者が、日本国内に住所を有する者から遺贈により取得した場合が加えられた(この改正は平成25年4月1日以後の遺贈により取得する国外財産に係る相続税について適用される)。非居住無制限納税義務者と居住無制限納税義務者を総じて無制限納税義務者という。

図表Ⅱ-23 拡張された無制限納税義務者の要件

拡張された無制限納税義務者の要件

図表Ⅱ-24 相続税納税義務者の判定に係るフローチャート

相続税納税義務者の判定に係るフローチャート

(注)・特定納税義務者とは、相続時精算課税制度の適用を受けているものをいう。相続開始時に財産を取得しなくても、国内に住所を有していなくても、相続税の納税義務者になる。

・住所・国籍の有無の判断は財産取得の時による。

図表Ⅱ-25 納税義務者の区分と課税対象財産の範囲

納税義務者の区分と課税対象財産の範囲

(注)相続時精算課税適用財産とは、被相続人から贈与により取得した財産で相続税法21条の9第3項の規定の適用を受けるものをいう。

図表Ⅱ-26 受遺者の納税義務の範囲

受遺者の納税義務の範囲

■参考 その他の納税義務者に関する用語

特定納税義務者

相続又は遺贈により財産を取得しなかった者でも、被相続人から贈与を受け、相続時精算課税制度を適用している者は、相続時精算課税制度の適用を受ける財産(過去に贈与を受けた財産)を相続又は遺贈により取得したとみなされ、相続税の納税義務者となる。これを特定納税義務者という (相法1の3四、21の16①) 。

■この法律の施行地とは

相続税法は、その附則(昭和25年法附則2)で「この法律は、本州、北海道、四国、九州及びその附属の島(政令で定める地域を除く。) に、施行する。 」こととされ、同施行令附則2で「当分の間、歯舞群島、色丹島、国後島及び択捉島を除く。」と定められている。

■住所とは

「住所」たは、各人の生活の本拠をいう(民法22)。生活の本拠であるかどうかは、客観的事実によって判定し、同一人について同時に二カ所以上の住所はないものとされている(相基通1の3・1の4共-5)。

相続若しくは遺贈又は贈与により財産を取得した時において、その取得した者が法施行地を離れている場合であっても、国外出張や国内興業等により一時的に法施行地を離れているにすぎない者については法施行地に住所があることとなる。留学生や国外勤務者については、その住所の判定が明らかでないため、相続税法基本通達1の3・1の4共-6でその者が次に掲げる者に該当する場合(相基通1の3・1の4共-5により住所が明らかに法施行地以外にあると認められる場合を除く。)は、その者の住所は、法施行地にあるものとして取り扱うこととされている。

イ 学術、技芸の習得のため留学している者で法施行地にいる者の扶養親族となっている者

ロ 国外において勤務その他の人的役務の提供をする者で国外における当該人的役務の提供が短期間(おおむね一年以内である場合をいうものとする。)であると見込まれる者(その者の配偶者その他生計を一にする親族でその者と同居している者を含む。)。

■FATCAとForm3520 Form8938 FinCEN Form 114

米国に国籍や永住権がある相続人や受遺者が日本国内の金融機関に口座を有する場合、金融機関から米国歳入庁に情報が送られる(FATCA)。

また、米国に永住権を持つ相続人や受遺者が年間10万ドルを超える遺産を受け取った場合、IRSに報告しなければならない(From3520)。(米国からみた)外国に一定の残高を超える金融資産を有する者は外国金融資産報告書(Form8938)を申告書(Form1040)に添付して提出しなければならない。

別途、海外の銀行や証券会社などの金融機関に金融資産を保有する米国市民等は、前年中において合計最高残高が1万ドルを超えた場合に、米国財務省に対して金融資産報告書(FinCEN Form 114 / 旧TD F 90-22.1)を6月30日までに提出しなくてはならない。

提出を怠っている場合には、ペナルティが課される。

米国に永住権を有する相続人(日本国籍との二重国籍者等)は注意が必要。

(2)財産の所在

財産の所在の判定について、相続背司法10条に財産の種類別に詳細な規定が図表Ⅱ-27のとおり設けられている。

図表Ⅱ-27 相続税法10条に定める財産の種類別の所在の判定

財産の種類所在
①一動産若しくは不動産又は不動産の上に存する権利。その動産又は不動産の所在
船舶又は航空機船籍又は航空機の登録をした機関の所在
鉱業権若しくは租鉱権鉱区又は採石場の所在
漁業権又は入漁権両刃に最も近い沿岸の属する市町村又はそれに相当する行政区画
金融機関に対する預金、積金又は預託金で以下のもの
①銀行又は無尽会社に対する預金、貯金、積金
②農業協同組合、農業協同組合連合会、水産業協同組合、信用協同組合、信用金庫、労働金庫又は商工組合中央金庫に対する預金、貯金又は積金
その預金、貯金、積金又は預託金の受入れをした営業所又は事務所の所在
保険金その保険の契約にかかる保険会社の本店若しくは主たる事務所の所在
退職手当金、功労金その他これらに準ずる給与当該給与を支払ったものの住所又は本店若しくは主たる事務所の所在
貸付金債権その債務者の住所又は本店若しくは主たる事務所(以下「住所等」)の所在
債権若しくは株式、法人に対する出資又は外国預託証券(株主との間に締結した契約に基づき株券の預託を受けたものが外国において発行する有価証券でその株式に係る権利を表示するものをいう。)社債若しくは株式の発行人、出資のされている法人又は有価証券に係る外国預託証券に係る株式の発行法人
合同運用信託、投資信託又は特定目的信託に関する権利信託の引受けをした営業所又は事業所の所在
特許権、実用新案権、意匠若しくはこれらの実施権で登録されているもの
商標権又は回路配置利用権、育成権若しくはこれらの利用権で登録されているもの
その登録をした機関の所在
十一直策権、出版権又は著作隣接権でこれらの権利の目的物が発行されているものこれを発行する営業所又は事業所の所在
十二第7条の規定により贈与又は遺贈により取得したものとみなされる金銭そのみなされる基因となった財産の種類に応じ、この条に規定する場所
十三一~十二の財産で、営業所又は事業所を有する者の当該営業所又は事業所に係る営業上又は事業上の権利その営業所又は事業所の所在
国債、地方債法施行地(日本国内)
外国又は外国の地方公共団体その他これに準ずるものの発行する公債外国
上記以外の財産当該財産の権利者であった被相続人又は贈与者の住所の所在

(3)財産の所在の判定における留意点

①財産の所在の判定

当該財産を相続若しくは遺贈又は贈与により取得した時の現況により判定する(相法10④)。

②船籍のない船舶の所在

相続税法10条1項1号に掲げる「船舶」とは、船籍に関する定めのある法令の適用のある船舶をいうのであるから、船籍のない船舶については、その所在により判定するものとする(相基通10-1。参考:船舶法(明治32年法律46号)、小型船舶の登録等に関する法律(平成13年法律102号))。

③生命保険契約及び損害保険契約の所在

死亡保険契約(生命保険契約及び損害保険契約)については、保険会社などの本店所在地、主たる事務所の所在地により判定する(相基通10-2)。

「保険金」については、平成15年税制改正により、その所在が明確にされたが、保険事故が発生する前の「契約」の所在については、明文上明らかでないため「保険金」に準じて「契約」も判定するものとして取り扱うものとされている。

④貸付金債権の意義

貸付金債権(相法10①七)には、いわゆる融通手形による貸付金を含み、売掛債権、いわゆる商業手形債権その他事業取引に関して発生した債権で短期間内(おおむね六ヶ月以内)に返済されるべき性質のものは含まれないものとされている(相基通10-3)。短期貸付債権は、同法同項13号に規定する営業上又は事業上の権利として、その営業所又は事業所の所在により判定されることになる(相法10①十三)。

⑤株式に関する権利等の所在

株式(相法10①八)には、株式に関する権利を含むものとし、「出資」には、出資に関する権利を含むものとされている(相基通10-5)。

株式に関する権利には、新株引受権、株式の引受による権利、新株無償交付期待権、配当期待権がり、これらはいずれも株式そのものではないが、配当や増資のあるときに株式に関連して生ずる権利といえる。また、出資に関する権利も同様といえる。したがって、これらの権利は株式又は出資の所在と同様に考える。

■現金は動産

民法は不動産以外の物(有体物)は全て動産と規定している(民法86②)。現金は価値を表象する動産である。

  • 外国に居住する子に対し外国為替により電信送金した場合に、その送金に先立って父と子の間で、送金の原資にあたる邦貨による金額に相当する金銭につき贈与契約が成立し、その履行のために送金手続きが執られたとみることができ、子は贈与契約締結時(遅くとも送金手続きの終了時)に父が日本国内に有していた金銭の贈与を受けたものというべきである(平14.9.18東京高裁)。

■受益者課税信託の信託受益権の所在地

受益者課税信託の信託受益権の所在地は、信託財産の種類により相続税法10条に基づき判定する。信託受益権として信託の引受けをした信託会社の所在地により判定するのではない。

適正な対価を負担することなく受益権を取得した受益者課税信託の受益者は、信託された資産と負債の贈与を受けたものとされる。

受益者が贈与により取得したとみなされる財産は、信託受益権ではなく、信託財産を構成する個々財産であるから、受贈財産の所在地は個々の財産の種類により、判定する(相法10①九、9の2⑥)。

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