贈与契約と贈与税の納税義務の成立

POINT

  1. 贈与税の納税義務は、贈与により財産を取得したときに成立する(通法15②五)。
  2. 贈与による財産の取得の時
    1. 書面による贈与は、贈与契約の効力が発生した時(相基通1の3・1の4共-8)。
    2. 書面による贈与でも、停止条件付の贈与契約の場合には条件が成就した時(相基通1の3・1の4共-9)。
    3. 書面によらざる贈与契約(口頭契約)は履行の時(相基通1の3・1の4共-8)。

贈与による財産取得の時


我が国の民法は、贈与契約を贈与者と受贈者の2つの意思表示によって構成される1つの法律行為として観念し、そこから贈与者に財産権移転義務が発生すると説明する。

贈与とは、「当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し」、「相手方が受諾をする」ことによって法的拘束力を持つ諾成契約である(民法549)。簡単に言えば、「あげますよ」、「え、ほんとにいただけるの。ありがとう!」という合意だけで成立する契約である。このように、目的物の交付などを要せず、当事者の合意だけで成立する契約を諾成契約という。これに対し使用貸借など契約の成立に当事者の合意だけでなく、ものの引き渡しなどの給付を必要とする契約は要物契約という。

民法550条は、書面によらざる贈与は各当事者が撤回できるとし、ただし書きで、「履行の終わった部分については、この限りでない」と規定する。この規定の趣旨は、①贈与者の意思が客観的に明確になることを待つことで将来の紛争を防止することと、②軽率な贈与を防止することにあるといわれる(1)

(1)内田貴『民法Ⅱ』p.158。

贈与税は、贈与による財産の取得を課税原因とする(通法15②五)。贈与契約が諾成契約であることを考慮すると、贈与税の課税時期である「贈与による財産の取得の時」とは、贈与契約成立の日、すなわち当事者の合意があった時として差し支えないように考えられるが、国税庁は、書面によるものについてはその契約の効力の発生した時とし、書面によらないものについては履行の時としている(相基通1の3・1の4共-8)。税法の取り扱いは民法550条の規定の趣旨と平仄を共にするわけである。

なお、書面による贈与であっても、「大学に合格したら100万円をあげる」というような条件が付されている契約ならば、条件が成就するまで、すなわち大学に合格するまで契約の効力は生じない。このような「将来発生するかどうか不確実なこと」が条件になっている契約を停止条件付き契約という。

農地法は、農地の用途転用について規制しているだけでなく権利移転についても、農業委員会の認可(許可や届出の受理)がなければ、私人間の契約だけでは所有権移転の効力が生じないとしている。この場合も、私人間の契約は、認可を受けることを条件とする停止条件付き契約となる。

このような書面による停止条件付きの贈与契約は、条件成就の時が財産の取得の時となる(相基通1の3・1の4共-10)。

贈与契約と贈与税の納税義務の成立

種類民法税法
書面による贈与 撤回できない 原則 贈与契約の効力の発生した時
(相基通1の3・1の4共-8)
停止条件付 条件が成就した時
(相基通1の3・1の4共-10)
書面によらない贈与 履行の終わった部分を除き、いつでも撤回可能 贈与履行の時
(相基通1の3・1の4共-8)

公正証書による贈与と課税時期


税務実務上、過去に贈与の時期が特に問題とされたのは、公正証書による贈与である。事案の典型例は次の通りである。

裁判所は、次の認定事実により課税時期は所有権移転登記の時であるとした(平成11年6月24日最高裁判決、平成10年12月25日名古屋高裁判決、平成10年9月11日名古屋地裁判決)。

父Aは、所有不動産甲を子Bに贈与する旨の贈与契約書を公正証書により作成し、贈与税の除斥期間の経過を待って、所有権移転登記を行い、多額の贈与税の課税を免れようとした。

  1. 本件公正証書は、将来、BがAから甲不動産の所有権移転登記を受けて、税務署長が甲不動産の贈与の事実を把握しても、Bが贈与税を負担しなくてすむようにするために作成されたものであること、すなわち、本件公正証書を作成した目的は、「贈与税の除斥期間の完了を待って、所有権移転登記を行い贈与税の課税を免れるため」であり、他に公正証書を作成する必要が認められないこと。

  1. Aは、公正証書の記載通り公正証書作成日に甲不動産を贈与する意思は認められないこと。
  2. Bもまた、公正証書作成時に甲不動産の贈与を受けたという認識はなかったものと認められること。
  3. そうすると、本件贈与は、書面によらざる贈与となり、贈与により甲不動産をし得したのは、履行の時、すなわち、所有権移転登記の時である。

登記には公信力がなく、所有権移転(物権変動)は、当事者の意思表示のみにより効力を生ずる(民法176)から、作成日付が公に確認できる公正証書により贈与契約書を作成し、贈与税の除斥期間(現行法は法定申告期限から6年)の完了を待って所有権移転登記を行うという悪質な事例に対し、裁判所は、脱税の意図を持って作成された公正証書は、当事者の贈与の意思を認定する証拠資料とならないとした事例である。

本事例は査察事案とはなっていないようであるが、近年の国税犯則取締法の厳罰化の傾向を見ると、今後、このような手口で脱税を図る場合には、刑事事件として立件される可能性もあるということを念頭に置く必要がある。

なお、立法政策としては、課税の公平性を維持するために、公正証書を登記原因とする贈与の時期は、登記があった日に贈与があったものとみなす規定(除斥期間の特例)を法令化することが望ましい。

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