遺言がない場合や、遺言があっても分割協議が必要な場合、相続税の申告期限までに遺産分割協議が調わないときは、分割されていない遺産は各共同相続人又は包括受遺者が、民法の規定による相続分又は包括遺贈の割合によって遺産を取得したものとして課税価格を計算する。ここにいう相続分とは、寄与分の規定を除く相続分、すなわち法定相続分、指定相続分、特別受益の規定(民法900条から903条)を適用した相続分をいう(相法55、相基通55-1)。生命保険金、退職金等、民法上相続財産とされないみなし相続財産は、これを取得した者の課税価格に加算する(相基通55-2)。
相続債務を負担する者が確定していないときは、特別受益を除いた民法900条から902条までの相続分により債務控除(債務及び葬式費用)の額を計算する。債務控除を行う額が相続又は包括遺贈により取得する財産の額の金額を超えるときは、相続債務を実際に負担する額が確定していないときに限り、超える部分の金額を他の相続人又は包括受遺者の相続税の課税価格の計算上控除することができる(相基通13-3)。実際に負担する金額が確定している場合は、負担する債務が遺産の取得価格を超え引き切れない債務があっても、他の相続人又は包括受遺者から控除できない(相法13①)。
遺産分割が前提となる小規模宅地の課税価格の特例や配偶者の税額軽減は、未分割の状態で行う申告では適用できない。配偶者の税額軽減については、法定申告期限までに分割されていない場合には適用がないこととされているが、分割されていない財産が法定申告期限から3年以内に分割される見込であるときは、期限内申告書に分割見込書の添付がある場合に限って、分割された日の翌日から4ヶ月以内に更正の請求を行い、配偶者の税額軽減特例の適用を受けることができるとされている(相法19の2①②③、相法32①八、相規1の6③二、相基通19の2-4)。
遺産分割に争いがあるなどして、調停の申し立て、相続について訴えの提起がされたことなど、やむを得ない事情により3年以内に分割されなかった場合には、申告期限から3年を経過する日の翌日から2ヶ月を経過する日までに「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を提出し、税務署長の承認を得たときは、判決の確定、訴えの取り下げ、和解・調停の成立、審判の確定等の日から4ヶ月以内に分割された場合には適用できることとされている(相令4の2①)。分割された日から4ヶ月以内に限り更正の請求をすることができる(相法32①八)。
「申告期限後3年以内の分割見込書」に関する相続税法19条の2第4項には宥恕規定があるが、「承認申請書」の提出期限に関する相続税法施行令4条の2第2項には宥恕規定はない。申告期限から3年を経過する日の翌日から2ヶ月を経過する日までに承認申請書を提出しない場合は、配偶者の税額軽減特例の適用はなくなるので注意が必要である(1)。
(1)東地判平成13年8月24日判決は、「本来、法令の規定によって負担すべきものとされる租税債務の軽減等に関し、当事者の手続上の懈怠について定められた宥恕の規定は、原則に対する例外を定めたものであり、宥恕を認めるべき場合には、手続における恣意性を廃除した公平な取扱いを行う意味からも、法規に明文を持って規定されるのが通令であり、それ故、明文の規定の有無によって、宥恕の取扱いを異にするのは当然である」と述べ、相続税法19条の2第4項の規定を準用し又は類推適用することは困難であるとしている(相令4の2②)。
法定相続分に応じて遺産分割協議を行う時において、必ずしも全ての財産について遺産分割協議が必要なわけではない。金銭債権は可分債権であるから、法律上、当然分割され、共同相続人は各々の相続分に応じて承継する(相続人全員が合意すれば遺産分割の対象とすることは可能である)(最一小昭和29・4・8民集8巻4号819、最三平成16・4・20判時1859号61)。したがって、遺産分割協議が成立していないときでも、「配偶者が金融機関に対し配偶者の相続分相当額について払戻請求を行い、相続税の申告期限までに実際に払戻を受けたときは、配偶者は当該金員を実効支配するに至っていることから、払戻を受けたその相続分相当額については、配偶者の税が軽減の特例(相法19の2②)に規定する『分割されていない財産』からは除外されると解するのが相当」とされている(平成12・6・30裁決)。
相続開始時点で被相続人が保有していた現金は、分割協議を経る必要がある。他の相続人は、保管している相続人に対し法定相続分に従い支払を求めることはできないこととされている(最二小判平成4・4・10家月44巻8号16)。
相続開始後、遺産分割までの間に遺産の形態が変わった場合には、分割協議を経なくとも法定相続分で分割が確定するものがある。たとえば、相続財産であるマンションを他のマンションと交換した場合、交換取得したマンションは相続財産ではないので遺産分割の対象にならない。交換によって取得したマンションは共同相続人の法定相続分による共有となる(2)。
(2)『実務家族法講義』p.330。
遺産を構成する不動産は分割協議を経ないと分割が確定しない財産であるが、共同相続人が全員の合意で遺産分割前に遺産を構成する特定不動産を第三者に売却したときは、法定相続分の割合による共有持分に基づく譲渡が行われたものであり(3)、「その不動産は遺産分割の対象から逸出し、各相続人は第三者に対し持分に応じた代金債権を取得し、これを個々に請求することができる」ものとされている(最判昭52・9・19第二小法廷)。このような場合も、配偶者が取得した代金債権を配偶者の税額軽減の特例の対象財産とすることが可能である。
(3)東地裁平成8・8・29。
なお、相続人全員の合意があればいったん分割協議対象財産から離脱した売却代金も「売却代金を一括して共同相続人の一人に保管させ遺産分割の対象に含める合意」があれば分割対象財産とすることが可能である(最一小昭和54・2・22家月32巻1号149)。
相続税の法定申告期限後に遺産分割が行われ、全部又は一部未分割状態で申告した当初申告額と異なる割合で遺産の分割が行われた場合には、分割された内容に従って課税価格の計算をやり直し、それに基づいて申告書の提出、更正の請求又は更正若しくは決定をすることができることとされている(相法55)。分割確定により納税額が増加する者は修正申告をすることができる(相法31)。減少する者は、分割が確定したことを知った日の翌日から4ヶ月以内に更正の請求をすることができる(相法32①)。税務署長は、更正の請求が提出された翌日から1年又は本来の更生・決定期限のどちらか遅い日までに更正又は決定をすることができる(相法35③)。
未分割状態で民法上の相続分に基づき申告及び納税を行っていた場合、共同相続人全員で納税すべき相続税の総額は当初申告において納税しているから、分割協議が調った場合の更正の請求や修正・期限後申告は義務的規定ではない。相続人全員で納税する相続税の総額が変わらなければ、更正の請求や修正申告を行わず、相続人間で納税額に相当する金銭をやりとりすることで調整することも可能である。実務上、税務署長は、更正の請求に基づき更正をした場合において、他の相続人につき更正又は決定をすることになるので(相法35③)、更正の請求さえ提出しなければ、税務署長が更正又は決定をすることはない。