配偶者の税額軽減
被相続人の配偶者が相続又は遺贈により財産を取得した場合は、次の算式の通り、課税財産のうち配偶者の法定相続分に相当する金額(その金額が1億6,000万円に満たない場合は 1億6,000万円 )に対応する相続税を税額控除するというものである(相法19の2①)。
ただし、当初申告の際に配偶者が仮装・隠蔽していた財産はこの軽減特例の対象とはならない。この場合は、次の計算式により配偶者の税額軽減額を算出する(相法19の2⑤)。
相続税の税額控除のうち、未成年者控除、障害者控除は非居住無制限納税義務者及び制限納税義務者について適用に制限があるが、配偶者の税額軽減については制限がない。また、被相続人の配偶者であることは要件とされているが、相続人であることは要件とされていないので、相続放棄をした配偶者が遺贈によって財産を取得した時などにおいても本軽減特例の適用は可能である(相基通19の2-1、19の2-3)。
相続税の申告期限までに配偶者に分割されていない財産は税額軽減の対象にならない(相法19の3②)。相続人が配偶者一人の場合は、分割協議は不要であることはもちろん、相続人が複数いる場合でも必ずしも全ての遺産について分割協議がなければ分割が確定しないわけではない。相続財産には、遺言による分割方法の指定や特定遺贈がない場合でも、分割協議を経ないで当然法定相続分で各相続人に帰属する性質の財産と、分割が行われなければ法定相続人及び包括受遺者で各人の相続分に応じ遺産共有状態となる財産がある。
金銭債権については、昭和29年4月8日の判例(最一小昭29・4・8民集8巻819)で「相続財産中に金銭債権その他の可分債権があるときは、その債権は法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解すべきである」と判示し、これ以降変更なく、平成16年4月20日の判例(最三小判平16・4・20判時1859号61)もこれを踏襲している(1)。理論上は、預金債権など可分債権は、法律上当然分割されて、共同相続人の相続分に応じて各相続人が承継しているので、遺産分割を行う必要はない。ただし、金銭債権でも遺産分割の対象として当事者が遺産の範囲に入れることに合意すれば、遺産分割の対象となる(2)。
(1)(2)『家族法』p.385。
課税実務でも、配偶者が金融機関に対し配偶者の相続分相当額について払戻請求を行い、相続税の申告期限までに実際に払戻を受けたときは、配偶者は当該金員を実効支配するに至っていることから、払戻を受けたその相続分相当額については、配偶者の税額軽減の特例(相法19の2②)に規定する「分割されていない財産」からは除外されると解するのが相当とされている(平成12・6・30裁決、裁決事例集59、282頁)。
注意が必要なのは、配偶者の税額軽減の対象に含めることができる財産は「配偶者が実際に取得した財産」であると解していることである。法律上、相続開始により各相続人に相続分で当然分割帰属するとされる金銭債権などの可分債権であっても、当事者の総意により分割対象財産とすることができることから(現に遺産分割の実務ではそのように扱っていることの方が多い)、単に可分債権であるから分割不要な財産(相続分で分割されている財産)とみるのではなく、配偶者が現実に取得していることが必要である。配偶者が実際に取得していない段階では相続税法19条の2第2項に規定される「分割されていない財産」に含まれ、配偶者の税額軽減の対象とならないと解されている(相基通19の2-8)。
遺産を構成する不動産は分割協議を経ないと分割が確定しない財産であるが、たとえば、相続財産であるマンションを他のマンションと交換した場合、交換取得したマンションは相続財産ではないので遺産分割の対象にならない。交換によって取得したマンションは共同相続人の法定相続分による共有となる(3)(交換取得したマンションを分割するには、遺産分割協議ではなく共有物分割を行うこととなる。)。
(3)『実務家族法講義』p.330。
相続財産に含まれる不動産を売却した結果、不動産が代金債権や現金に姿を変えたときにつき最高裁は次のように判示している。
共同相続人が全員の合意で遺産分割前に遺産を構成する特定不動産を第三者に売却したときは、法定相続分の割合による共有持分に基づく譲渡が行われたものであり、その不動産は遺産分割の対象から逸出し、各相続人は第三者に対し持分に応じた代金債権を取得し、これを個々に請求することができる。
最判昭52・9・19第二小法廷 判例時報868号29
売却代金はこれを一括して共同相続人の一人に保管させて遺産分割の対象に含める合意をするなどの特段の事情がない限り、相続財産には加えられず、共同相続人が各持分に応じて個々にこれを分割取得する。
最一小昭和54・2・22家月32巻1号149
相続人(包括受遺者を含む)全員の合意により分割対象財産を譲渡した場合においては、法定相続分又は当事者の合意が認められる金額につき、配偶者が現実に取得した時は、配偶者の税額軽減の対象財産となると解される。
配偶者の税額軽減については、原則として法定申告期限までに分割されていない場合には適用がないこととされているが、分割されていない財産が法定申告期限から3年以内に分割される見込であるときは、期限内申告書に分割見込書の添付がある場合に限って、分割された日の翌日から4ヶ月以内に更正の請求を行い、配偶者の税額軽減特例の適用を受けることができる(相法19の2①②③、相法32①八、相規1の6③二、相基通19の2-4)。
遺産分割に争いがあるなど、調停の申し立て、相続について訴えの提起がされたこと等、やむを得ない事情により3年以内に分割されなかった場合には、申告期限から3年を経過する日の翌日から2ヶ月を経過する日までに「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を提出し、税務署長の承認を得たときは、判決の確定、訴えの取り下げ、和解・調停の成立、審判の確定等の日から4ヶ月以内に分割された場合には適用できることとされている(相令4の2①)。分割された日から4ヶ月以内に限り更正の請求をすることができる(相法32①八)。
「申告期限後3年以内の分割見込書」に関する相続税法19条の2第4項には宥恕規定があるが、「承認申請書」の提出期限に関する相続税法施行令4条の2第2項には宥恕規定はない。申告期限から3年を経過する日の翌日から2ヶ月を経過する日までに承認申請書を提出しない場合は、配偶者の税額軽減特例の適用の余地はなくなるので注意が必要である(4)。
(4)東地判平成13年8月24日判決は、「本来、法令の規定によって負担すべきものとされる租税債務の軽減等に関し、当事者の手続上の懈怠について定められた宥恕の規定は、原則に対する例外を定めたものであり、宥恕を認めるべき場合には、手続における恣意性を廃除した公平な取扱を行う意味からも、法規に明文を持って規定されるのが通令であり、それ故、明文の規定の有無によって、宥恕の取扱を異にするのは当然である」と述べ、相続税法19条の2第4項の規定を準用し又は類推適用することは困難であるとしている(相令4の2②)。