POINT
信託制度を活用し特別障害者及び下段に述べる特定一般障害者(以下、あわせて「特定障害者」という。)の生活の安定を図る制度である。個人(委託者)が財産を信託銀行に信託し、特定障害者を受益者とした場合でも、相続税法は委託者である個人から受益者である特定障害者に信託財産が贈与されたものとみなしている(相法9の2①)。当規定は、特定障害者の生活の安定を図るために行われる一定の要件を具備する信託契約(特定障害者扶養信託契約)であれば、特別障害者については6,000万円まで、特定一般障害者については3,000万円までの信託財産については非課税とする規定である。委託者は個人であれば足り、扶養親族等の制限はない(相法21の4)。
特定障害者扶養信託契約で、児童相談所、知的障害者更生相談所、精神保健福祉センター又は精神保健指定医の判定により中軽度の知的障害者とされた者及び精神障害者保健福祉手帳に障害等級が2級又は3級である者として記載されている精神障害者(以下、「特定一般障害者」という。)を受益者とする一定の要件を備えた特定障害者扶養信託契約について3,000万円までの信託財産について贈与税を非課税とする規定が追加された。
特定障害者に対する贈与税の非課税制度の対象となるのは、特定障害者が信託受益権に基づいて受託者である信託銀行から、定期的に生活資金の給付を受けることができることを目的として設定される他益信託である。この規定の適用を受けるためには特定障害者が「障害者非課税信託申告書」を受託者の営業所等を通じて納税地の所轄税務署長に提出することが必要である。非課税となる金額の限度額は、受益者一人につき、特別障害者については6,000万円、特定一般障害者については3,000万円とされている。受益者の必要に応じ、定期的に生活又は療養資金の給付を行うことが必要である。そのため、信託できる財産は、金銭、有価証券、金銭債権、その他の6種類に限定されている。贈与税の非課税制度であるから、委託者は個人に限られるが相続税の障害者控除とは異なり、委託者は個人であれば足り、扶養親族等の制限はない(相法21の4①、相令4の9、相基通21の4-1)。非課税規定であるから当然のことながら委託者の相続税の申告において受益者である特定障害者が他の財産を相続又は遺贈により取得したとしても本特例の贈与(6,000万円又は3,000万円まで)は3年内加算の対象とならない。
本条の規定による贈与税の非課税制度は次の特色を有する。
① 特定障害者に対する贈与税の非課税規定の対象となる信託は、委託者が委託者以外の一人の特定障害者を信託の全部についての受益者として財産の信託をする他益信託に限られる。
(注1)特定障害者が財産の贈与を受けた後、自己の財産となった受贈財産を信託して自らが受益者となる自益信託を設定しても本特例の適用はない。
(注2)特定障害者が信託の全部についての受益者とされなければならないから、他に受益者を指定することはできない。残余財産受益者も受益者としての権利を有する者であるから、たとえば、社会福祉法人等を残余財産受益者に指定するとこの非課税制度の要件を欠くこととなる。他に受益者が存在すると受益者としての権利を行使され、信託財産の運用等に影響力を行使されるおそれがあるからである。残余財産帰属者は信託の終了時に初めて受益者としての権利を有することになるので、残余財産帰属者をあらかじめ指定しても特定障害者扶養信託契約の要件を欠くことにはならず、社会福祉法人等を残余財産帰属者に指定することは可能と解される(信法183)。なお、特定障害者がその意思で受益権を相続させ又は遺贈することは特定障害者扶養信託の要件を欠くものではない(相令4の11②)。
(注3)特定障害者が一定の年齢に達するまでは受益権を行使できないなど、受益権に停止条件を付した場合は、受益者としての権利を現に有する者に該当しないから本条の適用はない(相法21の4、9の2②)。
② 受託者は信託銀行又は信託業務を兼営する銀行である場合に限り適用がある(相令4の8)。
③ 信託は一つの信託銀行等につき一店舗に限られている。
④ 委託者は、受益者となる特定障害者以外の者であれば誰でもよく、特定障害者の親族や扶養義務者に限定されていない。
⑤ 一人の特定障害者のために二人以上の者が二つ以上の信磔刑約に基づいて信託設定した場合でも、二つの信託財産の総額が6,000万円(特定一般障害者の場合は3,000万円)までは本特例の適用がある。
⑥ 信託財産は金銭、有価証券、金銭債権、立木及びその立木の生立する土地(立木と一緒に信託されるときに限られる。)、継続的に相当の対価を得て他人に使用させる不動産、特定障害者の居住の用に供される不動産(他の財産のいずれかと共に信託される場合に限られる。)に限定されている(相令4の10)。
⑦ 相続時精算課税制度の対象となる財産の種類及び金額には制限がなく信託受益権も対象となる。相続時精算か税制度を適用して特定贈与者から贈与を受ける場合においても本規定の適用は可能である(相法21の11)。
⑧ 信託財産から生ずる収益は受益者に帰属するものとみなされ、所得税の課税対象となる(所法13)。信託財産が不動産の場合は不動産所得、貸付金の場合は雑所得、合同運用金銭信託の場合には利子所得として所得税が課税される。
⑨ 平成25年3月31日以前に設定された信託契約で受益者である特定障害者が死亡した場合には、死亡後6月を経過する日に終了することとされていることが必要である(相法21の4、相令4の11)。平成25年4月1日以後に設定された信託契約では、特定障害者扶養信託契約の終了時期を、特定障害者の死亡の日とされていることが必要である。特定障害者の相続人が取得する受益権は特定障害者から遺贈により取得したものとみなされる(相法9の2②)。
⑩ 特定障害者扶養信託契約に基づく信託は、特定障害者が死亡し信託受益権を相続又は遺贈により取得した者が行う解除を除き、取消し又は解除をすることができず、信託期間及び受益者の変更をすることができない旨、定めることが必要である(相令4の11)。
⑪ 信託された財産の一部が信託法11条の許害行為取消権により取り消された場合又は遺留分による減殺の請求があったときには、特定障害者は遅滞なく「障害者非課税信託取消申告書」を受託者の営業所等を経由し納税地の所轄税務署長に提出しなければならない(相令4の13)。
⑫ 特定障害者扶養信託契約の締結が無効であったこと又は取り消すことができる行為であったことにより取り消され又は信託財産の全部につき遺留分減殺請求の行使があり、信託受益権がないこととなった場合には、同様に「障害者非課税信託廃止届出書」を提出しなければならない(相令4の14①)。
制度の背景
この制度の目的は信託制度を活用し特定障害者の生活の安定を図ることである。障害者を扶養している親や親族が亡くなった場合に遺言があれば遺言に基づき障害者は必要な財産を取得することができる。この場合、障害者が自らの財産を管理することができなければ、遺贈を受け若しくは相続した財産が他の者の利益のために費消されるおそれもないとはいえない。障害者が成年後見制度の被後見人になっていれば、裁判所は原則として法定相続分を障害者が相続するように指導し、その後の財産管理も裁判所の後見の下に行われるが、後見人の不祥事等により障害者の財産が減少するおそれもないとはいえない。
遺言がなく、被後見人になっていなければ、遺産分割協議において障害者が他の相続人と同様に遺産を相続するとは限らない。他の相続人が障害者の扶養を行うことを条件に多くの財産を取得し、障害者の取得する財産がほとんどないという分割協議が成立する可能性も否めない。このため特に生活能力に乏しい重度の心身障害者に対しては、生前に財産を贈与して親の死後における生活の安定を確保する方法が有効であるが、贈与された財産を障害者のために安全に運用管理してくれる者がいないとせっかく贈与した財産が他の者の利益のために使用されるおそれは払拭できない。残念なことであるが、障害者に成年後見人が付されている場合でさえその可能性は残されている。
このようなことがないように、贈与した財産を信用力のある第三者に託し、確実、安全にかつ長期間にわたり運用を任せ、特定障害者の生活費や療養費の必要に応じ運用益や元本(贈与した財産)をできるだけ年々安定的に交付してもらう方法を講じることが有効な対処法となる。このような法法として信託という法形式がある。
信託には自益信託と他益信託がある。自益信託とは、委託者Sが財産を受託者Tに信託し受益者としてSを指定する信託である。Sは、委託者であると同時に受益者でもあるので、(所有権は受託者に移転しているが)本来自分の財産である信託財産の収益を受益者として収受する。このように委託者と受益者が同一である信託を自益信託という。自益信託においては、信託財産は元々自分の財産であるから税法上は信託設定による財産の移動を認識しない。
これに対し、受益者と委託者が異なる場合を他益信託という。Sが信託した財産から生ずる収益を他人である受益者Bが受け取るので他益信託というのである。他益信託の実質は贈与である。
相続税法は信託から生ずる利益を享受する受益者が信託財産・債務を有しているものとみなす規定を置き(相法9の2⑥)、適正な対価を負担せずに信託の受益者となる者は、信託の効力が生じたときに、委託者から信託に関する権利の贈与を受けたものとみなしている(相法9の2①)。このため、親や親族又は篤志家が特定障害者を受益者として財産を信託すると、相続税法では信託に関する権利を委託者から受益者である特定障害者に対し贈与したものとみなされる。特定障害者に対する贈与税の非課税規定は、贈与したとみなされる信託に関する権利(受益権)を6,000万円又は3,000万円まで非課税とする規定である。
委託者(贈与者) | 個人 | |
受益者(特別障害者・特定一般障害者) | 相続税法21条の4第1項に規定する特別障害者又は特定一般障害者 | |
信託財産の範囲(相令4の10) | ①金銭、②有価証券、③金銭債権、④立木の生立する土地(その立木と共に信託される者に限る。)、⑤継続的に相当の対価を得て他人に使用させる不動産、⑥特別障害者の居住の用に供される不動産(①か⑤までに掲げる財産のいずれかの財産と共に信託されるものに限る。)(相令4の10) | |
特 定 障 害 者 扶 養 信 託 契 約 の 要 件 ( 相 令 4 の11 ) | 信託期間 | 平成25年4月1日以後に設定された信託契約では、受益者である特別障害者の死亡の日に終了するとされていること。 信託財産の交付により信託財産がなくなるときにも終了する。 あらかじめ信託期間を定めることはできない。 |
追加信託 | 特別障害者を受益者とする場合は受益者一人について6,000万円、特定一般障害者を受益者にする場合は3,000万円を限度に追加信託が可能。 | |
解約、取消し、変更 | 信託期間中の解約、取消しは特別の場合を除いてできない。受益者を変更することもできない。 | |
生活費・療養費の交付 | 受益者である特定障害者の生活・療養の必要に応じ、信託財産から金銭を定期的に交付する。 将来必要が生じた時点で交付法法を決めること、交付方法を変更することもできる。 | |
信託財産の管理・運用 | 住宅財産は、信託銀行が安定的な収益確保を目的として指定金銭信託受益権等で運用する。 また、信託財産の運用収益は、信託財産に加えられる。 | |
税金 | 信託財産の運用により生じる収益は、受益者である特定障害者の所得となり所得税が課税される。 |
(注)特別障害者と特定一般障害者を合わせて特定障害者という。